【本】「殺人犯はそこにいる」―真犯人は隣にいる人かもしれない

【本】「殺人犯はそこにいる」―真犯人は隣にいる人かもしれない


殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件
著者:清水潔
出版:新潮社

「未解決事件」を追うジャーナリストの前に立ちはだかったのは、「国家」という高く分厚い壁だった。半径10キロほどのエリアで17年の間に発生した、5件もの幼女誘拐事件。このうち被害者4名の女の子は遺体となって発見され、1名は未だ行方不明のまま。同一犯による連続した犯行の疑いが強いこの事件は、しかし1件だけ「犯人は逮捕され解決した」とされていた――

国家の判定に異議を唱えたジャーナリスト

この本の著者の清水潔氏は「桶川ストーカー殺人事件」のスクープで知られるジャーナリストです。未解決の連続幼女誘拐殺人事件を調査するうちに、不確かなDNA型鑑定を根拠に誘拐殺人犯とされた男性の冤罪を晴らすことになります。この冤罪となった事件が、5件の事件に含まれている「足利事件」です。

「文庫X」として話題に

2016年の夏、岩手県盛岡市の「さわや書店フェザン店」で、書店オリジナルのカバーが掛けられ、タイトルがわからない状態で売られた「文庫X」という本が話題になりました。街の書店から始まったこの現象は全国に広がりをみせ、ムーブメントを起こします。

「文庫X」の正体は、ほかでもないこの本。「殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」こそが、文庫Xなのです。

さわや書店の書店員さんが、そうまでしてこの本を読んでほしかった理由は何なのでしょうか。実際にかけられていたカバーには書店員の長江さんの言葉がプリントされており、新潮社のサイト「 全国の書店を席巻した 「文庫X」その正体は…… 」で見ることができます。

一市民が国家を疑い、権力にあらがう

この本には、菅家利和さんという男性の冤罪を晴らすまでの課程が克明に描かれています。菅家さんは、5件の事件のうちの1件「足利事件」の犯人だとされ、17年もの長きにわたり刑務所に収監されていました。

菅家さんを有罪とした根拠は、「自白」「警察の捜査」、そして当時画期的な最新技術だともてはやされた「DNA型鑑定」でした。

著者の清水潔氏は、調査と取材の結果「自白は強要されたものである」こと、そして「事件当時は有力視された目撃証言が、自白とそぐわないため抹殺されている」ことをつきとめます。

その後おこなわれたDNA型の再鑑定の結果、被害者の遺品に残されていた犯人のDNAと管家さんのDNAが一致しないことが判明。管家さんは再審を待たずに釈放されます(のちの再審で無罪)。

清水潔氏とはじめ周囲の人間が声を上げなければ、無期懲役という判決を下された管家さんは、今も塀の中で暮らしていたかもしれません。

権力のつくったストーリー

警察や検察は、残念なことに「真犯人は誰なのか」を真摯につきとめてはくれません。「管家さんが犯人である」という「ストーリーの結末」を成立させるために、いくつもある「ひずみ」を見て見ぬふりをして抹殺します。

連続誘拐殺人事件の真犯人は誰なのか

足利事件は振り出しに戻り、5つの事件はすべて犯人が不明の未解決事件となりました。だったら、真犯人は誰なのか。多くの人がそう考えるでしょう。

驚くべきことに、清水潔氏はこの本の中で容疑者と思われる男を割り出し、自ら接触もしています。今もただ普通に暮らしている、誰かの家族であり、誰かの隣人でもある男。清水潔氏は、同じような事件が二度と起きないよう、あえて未だ逮捕もされていないこの男について詳細に書き残したのだと感じました。

この本には、絶望と希望が詰まっている

この本に書かれているのは「冤罪」「警察のこじつけ捜査」「司法による事実の隠蔽」といった、気が重くなるものばかりです。まったく無実の人間がある日いきなり殺人犯にされ、国家権力に人生も家族も奪われる。そんなとき、自分だったらどうするだろうかと考えずにはいられませんでした。

もし、自分が殺人犯だと疑われたら?
もし、家族が無実の罪で逮捕されたら?

私はこんなふうに闘える自身がありません。

しかし、「これだけ情熱を持って報道の仕事をしている人がいるんだ」ということも教えてくれます。マスコミ志望の人や、マスコミに不信感を持っている人にもぜひ読んでもらいたい1冊です。