【Amazonプライム・ビデオ】ジェニーの記憶-物語ではない物語

【Amazonプライム・ビデオ】ジェニーの記憶-物語ではない物語

「ジェニーの記憶」は2018年に制作された映画で、監督・脚本を務めたジェニファー・フォックスの実体験がもとになっています。原題は「The Tale」。意味としては「創作された物語」といった感じでしょうか。2019年8月現在、Amazonプライム・ビデオで鑑賞することができます。

本レビューにはネタバレがありますので、閲覧の際はお気をつけください。

あらすじ

48歳のジェニーはドキュメンタリー作家。取材で各地を飛び回りながら大学で教鞭を執るなど仕事は順調で、プライベートでは結婚を約束をした恋人と暮らしている。ある日、ジェニーの母が「あなたが13歳のころに書いた物語を見つけた」といって電話をかけてきた。母は強い口調で「これが事実ならとんでもないことだ」と言う。その物語は確かに13歳のジェニーの手によって書かれたものだったが、ジェニーは「初めてできた年上の彼氏との記録であって、母が思うようなものではない」と否定する。しかし、ただならぬ母の様子が気にかかり、ジェニーは過去を振り返り始める…

3人のジェニー

この映画には、「48歳のジェニー」「48歳のジェニーがつくり出した13歳のジェニー」「本当の13歳のジェニー」という、3人のジェニーが出てきます。

最初のほうの回想シーンに登場するのは「48歳のジェニーがつくり出した13歳のジェニー」です。このジェニーはすらりと背が高く、大人びていて高校生か大学生くらいにも見えます。

しかし、母親の家で昔のアルバムを見たジェニーはがくぜんとしました。実際の13歳のジェニーはあどけなさが残る幼い顔つきをした女の子で、自らの記憶にある13歳のジェニーの姿からかけ離れていたからです。

そして、ここから回想シーンには本当の13歳のジェニーが登場します。

これは何を意味するのか?

ミステリーめいた雰囲気をまといながら物語は進んでいきます。

13歳の夏になにがあったのか?

13歳の夏、ジェニーは乗馬を習うため、何名かの女の子たちと一緒に美しい女性コーチの家にホームステイしていました。コーチは生徒たちから「先生」と呼ばれ、慕われる存在。先生の自宅には夫と小学生くらいの息子がおり、食事どきにはみんなでテーブルを囲みます。

ジェニーたちは先生の方針で、乗馬のレッスンと同時に体力づくりのトレーニングも受けることになります。ランニングを教えてくれるのは陸上コーチのビルという40歳くらいの男性です

ただ、ビルと先生はただの仕事仲間ではなく、不倫関係にありました。さらに、トレーニングというのは表向きの目的で、先生は実際にはビルに女の子たちを品定めする機会を提供していたのです。

なぜジェニーだったのか?

ビルは、女の子たちのなかでもひときわ小柄で幼い雰囲気のジェニーにやさしい言葉をかけ、「才能がある」と褒めそやします。そして自分たちは対等だと、ジェニーを一人前の大人のように扱い、自分を慕うように仕向けるのです。

ビルは、家庭の中に居場所がないと感じている思春期のジェニーの繊細な心を感じ取ったのでしょう。ジェニーは家に帰れば5人きょうだいの一番上で、母親や祖母は下の子たちの世話にかかりきり。きょうだいたちは子どもっぽく、ジェニーは一緒に遊ぶ気にもなれません。

13歳といえば大人の世界に憧れを抱き始める年齢であり、「早く大人になりたい」と思っている子も多いお年頃。だけれど実際のジェニーは、まだ初潮も来ていないような子どもなんですよね。

そんな子どもに「君は特別だ」「ほかの子とは違う」と言ってにじり寄るビルの、なんと醜悪なことか。

そうやってジェニーを心理的に支配することに成功したビルは、愛し合う2人なら当然の行為だといわんばかりにセックスにまで持ち込みます。しかし、ジェニーの体はまだ幼く、挿入することができません。ビルはあろうことか「僕はほかの男の子とは違う、じっくり待つよ」と紳士ヅラをします。

このときのビルの微笑みは本当に気持ち悪く、そんな振る舞いをする自分に酔っているようにしか見えません。

ビルが残したものは大きなトラウマ

ジェニーはビルに誘導されて服を脱ぎ彼とベッドインしますが、行為のあと吐き気を訴え体調を崩してしまいます。体がビルを拒否したわけですね。そして、もうビルには会いたくないと自ら電話をかけ、関係を断ち切ります。

しかし、ジェニーの修羅場はそれで終わりませんでした。自らの体験をフィクションだと言い張って物語を書き、「傷ついたのは自分ではなくビルだ」と思い込むようになります。

そうしてジェニーはつらいできごとを記憶の底に封じ込め、自ら13歳の自分の姿すら偽るように。しかし、大人になってからも男性と信頼関係を結ぶのに苦労してきたことが、物語のはしばしで描写されています。

ジェニーは結婚をせず子どもも設けず、現在の恋人とも3年も婚約しているにもかかわらず結婚そのものに消極的。1人の大人が幼稚な欲望と感情のままに子どもを虐待したことで、成長過程に計り知れない影響を及ぼすことが淡々と描かれています。

ジェニファー・フォックスが体験した実話

この物語は、監督・脚本を担当したドキュメンタリー作家・ジェニファー・フォックスの実体験が描かれている、いわば自伝です。

劇中のジェニーは、見た目こそジェニファー・フォックス本人と異なるものの、名前や職業は現実と同じです。監督は、記憶から消し去っていたほどの過去を描くにあたって「どこかの誰か」の物語にしたくなかったのでは?と感じました。

だれもがこの物語の当事者になり得る

この映画では、ずるい大人がどんなふうに成長しきっていない少女の心の隙間に入り込んでくるかが克明に描かれています。

ジェニー自身、ビルを慕い、好意を持っているんですよね。そういうふうに仕向けられたので。その過程の描写は、年ごろの娘さんがいる人はとても平気で観られないんじゃないでしょうか。

この映画で怖いと感じたのは、ジェニーの家庭はごく一般的なものだということです。

ジェニーは家の中で居場所のなさを感じていますが、だからといってジェニーの両親がひどい人間なのかというと、まったくそんなことはありません。

ジェニーの両親は思春期にさしかかった娘を持つごく普通の夫婦です父親は仕事で忙しく、母親は下のきょうだいたちの世話で忙しいものの、その関係はとりたてて珍しくもない「思春期の娘と親」なんですよね。ジェニーを先生の家にホームステイさせたのも、教育の一環として納得できるものです。

もし、ジェニーの両親が不仲だとか、子どもを放置しているだとか、家庭を顧みない人間だとかであれば、観客はよそごとでいられます。

しかし実際は、大きな問題のない家庭で、保護者の知らない間に虐待が発生していた。つまり「わが家には何の問題もないし、うちの子は大丈夫」とは言い切れないのです。

どうすればジェニーを守れたのか?

ジェニーの母親は、35年越しで知った真実に大きなショックを受けます。そして当時、ビルの言動に違和感を覚えつつも「まさか」と目をそらしたことを悔やんでもいます。

実は映画の中には、ビルとジェニーの母親が顔を合わせるシーンがあるのです。ビルは「先生の代わりに迎えにきた」といって、なぜかジェニーの両親に贈りものを渡します。母親はそこで「何かおかしい」と感じているんですよね。また、ジェニーの祖母はビルとジェニーがキスをしている現場を目撃もします。

こういった演出を見る限り、両親が気づくチャンスはあったのでしょう。ジェニファー・フォックスがこのシーンに込めたのは「助けてほしかった」という意味にも「子どもを性的虐待から助けられるチャンスはある」というメッセージにも思えます。

実際には、13歳のジェニー本人に問いただしてもかたくなになるだけのような気もするので、非常に難しいのでしょうけれど…。

物語の最後のほう、「あなたを守れなくてごめんなさい」と謝る母親を見て、ジェニーは過去と向き合う決意を固めたように見えました。

隠匿されがちな問題を描いているがゆえに一見の価値がある

この作品には、自らの経験を映画化したジェニファー・フォックスの覚悟が見え隠れします。だからといって主観に凝り固まっているわけではなく、一本の作品として見ごたえがあり、完成度も高いのです。

映画の途中には、登場人物たちが現在のジェニーと語り合うシーンが幾度も出てきます。大人からみる彼らと、子ども目線でみる彼らの違いが、子どもを心理的に支配下に置くことがどれほど罪深いかを間接的に、そして客観的に物語っています。

また、子役を含め役者の演技はすばらしく、とくにビルの気持ち悪さは天下一品。自らの優位性を認識できないまま本気で子どもと対等につきあっていると錯覚している小児性愛者は異常としかいえません。ビルの演技・演出だけでも観る価値はあります。

後味の悪い作品ではありますが、社会性と芸術性の高さから多くの人に観てもらいたい一本です。

ジェニーの記憶
監督・脚本:ジェニファー・フォックス
出演:ローラ・ダーン/フランセス・コンロイ/エレン・バースティン