【本】ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年-親子の絆を見続けた記者

【本】ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年-親子の絆を見続けた記者

福山雅治主演の映画「そして父になる」の参考文献となった本です。昭和50年代に沖縄で起きた赤ちゃん取り違え事件の全容が克明に描かれています。

筆者は、発覚から17年間にわたってこの事件を取材した女性誌の記者。全編にわたって誰かに肩入れしたり、誰かを批判したりすることなく、客観的な視点で書かれています。被害者家族が病院相手に起こした裁判の経緯から個人の心情まで克明に書かれていることから、筆者に対する双方の家族の信頼感がうかがえます。

映画「そして父になる」との違い

この本はあくまでも映画の「参考文献」であって、「原作」ではありません。「ねじれた絆」が、家族の煩悶や取り違えられた子ども自身が負った心の傷について記録したノンフィクションであるのに対し、「そして父になる」は取り違え事件を通して「親になるというのはどういうことか」を描いている作品です。

そのため、映画の補足を期待して読むとがっかりするかもしれません。しかし、家族や当人たちが抱える苦しみが克明に描かれているので、映画への理解を深めるきっかけになると思います。子どもの取り違えが人の心にどれほどの傷を残すかを知ることができる良書です。

家庭を自分で選ぶ子どもたち

この本には人物相関図がついているのですが少々わかりづらく、登場人物も多いので最初のうちは誰が誰なのかこんがらがってしまいなかなか読み進められませんでした。これは私自身が人物関係を整理するために作った相関図です。

この2家族の特筆すべき点は、子どもを交換後も互いに行き来できるような場所に住み、美津子と初子は週末ごとに育った家に帰っていたということです。

しかし、やがて初子は「生みの親」のもとで暮らすことを選択し、反対に美津子は生みの親と距離を置き「育ての親」の家に入り浸ります。つまり2人ともが伊佐家の子どもであることを選ぶわけです。

城間家が子どもに選ばれなかったのは、母親は遊び歩いてばかりで、父親は妻の姉と不倫して子どもをもうけるという家庭環境にあると思います。

この事実が、「大事なのは血縁なのか、それとも一緒に過ごした時間なのか」という問いかけのひとつの答えなのでしょう。結局のところ、家庭にいちばん大切なのは「居心地のよさ」だという気がしてなりません。

城間家の人々は「取り替えた実の子が自分たちになじまない。自分なりに愛しているのに子どもはわかろうとしない、冷たい」と言います。問題は子どもの側にあるのだという思いが発言の端々から感じられてしまい、この点でもっとも憤りを覚えました。

でも、そういう親もまた被害者なんですよね。この本には、すべての人が抱えているそれぞれの傷が鮮明かつ具体的に記されています。結末に対して「誰が悪いのか」といった単純な理屈で語れるものではないと教えてくれます。

事件を通して見えてくる「沖縄」

この本を読んだとき、参考文献の多さに驚きました。でも、沖縄に関する書名がずらりと並ぶのを見て納得。この事件の被害者は全員、沖縄で生まれ、沖縄で生きてきた人です。

移民、開拓、日本の返還、米軍基地。政治の波打ち際で生きるために、家族の団結や地縁が何よりも大切だったことがひしひしと伝わってきます。沖縄がたどってきた歴史や特有の風習を理解せずにこの本を書くのは不可能だったに違いありません。

この本では、それなりのページ数で両家の両親がどんな子ども時代を過ごしたかが書かれています(とくに伊佐夫妻についての記述が詳しい)。そこには、学校に履いていく靴がなくて裸足で通う、通学よりも家庭での農作業が優先されるなど、南国リゾートのイメージとは違う、これまで知らなかった沖縄の姿がありました。

読みながら思い出したのが、引退した安室奈美恵さんのことです。彼女が子どものころ、バス代を出せず徒歩で1時間半かけてアクターズスクールに通っていたというのは有名な話。当時は「がんばり屋さんだな」くらいにしか思いませんでしたが、今ならそれがどういう意味なのかわかります。

この本を読みながら、当時はやせっぽちで日に焼けていてゴボウのようだったという安室ちゃんが、濃い緑が生い茂る道をてくてくと歩いている姿が浮かんで仕方ありませんでした。その道は、取り違え事件の被害者からずーっと続いている道。この本を通して、未だ政治や経済の面でさまざまな問題を抱える沖縄の現実を垣間見たような気がします。

最後に残るのは希望

交換直後は育ての親を思って泣き、反発し合っていた美津子と初子は、成長するにしたがってお互いによきライバル、よき友人となっていきます。2人にとってはお互いが同じ境遇に置かれた唯一の理解者ですから、2人にしかわかり得ないものがあるのかもしれないな、と想像しました。

文庫版の書き下ろしでは、初子に子どもが生まれたこと、美津子がその子をわが子のようにかわいがっていることが書かれていました。事件がなければ生まれなかった2人の縁が、たくさん苦しんだ家族にとって唯一の希望である気がしてなりません。

ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年
著者:奥野修司
出版:文藝春秋